バフェットからの最後の手紙(2)オマハの謎めいた水
節約発投資行き ·
バフェットが過去に関わった重要人物たちが、実はオマハの同じ地域に密集して暮らしていたという話が興味深かった。 住居がわずか数街区しか離れていなかったり、同じ店で働いていたりと、偶然以上の繋がりを感じる。 これほどの人材が狭いコミュニティから輩出されたのは、単なる偶然なのか、それとも投資の才を育む何らかの環境要因がこの街にあったのか考えてしまう。
「バフェットからの最後の手紙」より、前回投稿につづく文章です。(日本語は拙訳) まずはチャーリー・マンガーから始めましょう。彼は64年間にわたり、わたしにとって最良の友でした。その彼が1930年代に住んでいたのは、わたしが1958年に購入して住みつづけてきた家から1街区離れた場所でした。若かったころのわたしは、紙一重でチャーリーと友人になり損ねました。わたしよりも6歳8か月ほど年上だったチャーリーは、1940年の夏にわたしの祖父がいとなむ食料品店で働いていました。10時間働いて2ドルの賃金でした(倹約精神はバフェット家の血筋に深く根ざしているのです)。翌年にはわたしもその店で同じように働きましたが、チャーリーに出会えたのは1959年になってからで、彼が35歳、わたしが28歳のときでした。チャーリーは第二次世界大戦で従軍した後、ハーバードのロー・スクールを卒業し