良質な分析をしている個人投資家ブログの発掘と紹介。

バフェットからの最後の手紙(3)1等20兆円を当てる方法

節約発投資行き ·

1956年にマンハッタンでの仕事を捨ててオマハへ戻り、以降一度も移住しなかったというバフェットの回想が載っていた。 情報の中心地を離れることが結果的に投資の成功につながったのか、それとも単なる運だったのか。ノイズを遮断し、拠点を固定することの重要性を考えさせられる。

「バフェットからの最後の手紙」より、ウォーレンが住むオマハに関する話題は今回までです。前回投稿はこちらです。(日本語は拙訳) 10代のうちの数年の間、わたしはワシントンD.C.に住んでいました(父が議会の一員だった時期です)。そして1954年には、生涯つづけるものと考えていた仕事をマンハッタンで得ることができました。そこではベン・グレアムやジェリー・ニューマン[二人は投資ファンドの共同創設者]からうれしいまでに処遇され、生涯を通じた友人がたくさんできました。今でも同じですが、ニューヨークは異色の人物やものごとに出会える場所です。それにもかかわらず、わたしは1年半ほど滞在した後の1956年にオマハへ戻りました。そして、その街を再び逍遥することはありませんでした。その後、3人の子供たちや何人かの孫たちはオマハで育ちました。子供たちは3人とも公立学校に通いました。彼らが卒業した

元記事を読む →

節約発投資行きの記事一覧 · トップへ

コメント

読み込み中…

まだコメントはありません。